「撤退戦」「マイナス100からのスタート」

 

ラジオ番組で 大越健介キャスター 、富田宇宙(トミタ ウチュウ)選手というアスリートに特に感銘を受けたことについての内容をご紹介したいと思います。

 

 

「撤退戦」「マイナス100からのスタート」という捉え方に考えさせられました。。

障害があってもなくてもマイナスから始まると考えると、

自分に起きたことや状況をどのように捉え、考えるかによって

生き方は変えることができるのですね。

 

 

こちらの記事からの抜粋です。「 「三宅民夫のマイあさ!」 三宅民夫の真剣勝負! 大越健介の現場主義 から。詳しくご覧になりたい方はこちらのURLからどうぞ。

https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/detail/my-asa20200827_02.html

 

 

富田選手は、パラ競泳で視覚障害の最も重いクラスで活躍するスイマーで、去年の世界選手権では男子400メートル自由形と100メートルバタフライの2種目で銀メダルをとった実力者です。

年齢は、31歳。

伝統校として知られる熊本県立済々黌(せいせいこう)高校に在学中に難病にかかって、徐々に視力を失ったんです。視力を失う前にはその名前が示すとおり、宇宙飛行士を夢みていたそうです。

水泳の選手でもあったんですが、どちらかというと勉強のほうに重きを置いていたそうなんですね。

しかしその病気によって夢を諦めざるをえなかった。

そこからの道のりを、富田選手は「撤退戦」という言葉を使って表現しています。

 

その後、システムエンジニアを目指したりもしたんですけれども、やはり健常者と同様の道を進むのは非常に難しい。それでいろいろと自分で進路を変更せざるをえなかったそうです。
「撤退戦」という重い言葉――、つまり、いろいろなことを諦めながら進むべき道を選び取っていくという、重い選択の繰り返しだったことを示している。「進路変更」という言葉だけでは足りないということだと思うんです。
その上で、こんなふうにも語っていました。「自分がこれまで背負ってきた挫折の量というのは、申し訳ないですけれども、半端じゃないですから」。

 

木村選手のように幼いときからあるいは生まれつき障害がある選手、そして富田選手のように事故や病気などで障害を負ってしまった選手……、それぞれが苦しんで克服したその歩みが、強烈な個性を生み出す。「パラリンピックではその個性がぶつかり合うので、その魅力は大きいですよ。是非知ってほしいです」と話していました。

 


そしてもう1つの側面について、富田選手独特の例えで話してくれました。
オリンピックの選手は、いわばゼロから始まって100点を目指す。しかしパラリンピックの選手は、「マイナス100点から始まるんです」と。到達点は、例えばオリンピック選手が100点だとすれば、パラリンピックの選手は技術的には30点ぐらいかもしれません。記録、タイムなどを見てもそうですよね。ところがマイナス100点から始まったことを考えれば、最終的に30点でも、結果的に130点ぐらいに値する途方もない大きさなんです。「アスリートひとりひとりが持つその道のりこそがパラリンピックの力であって、社会に与えるインパクトそのものなんです」と、富田選手は話していました。







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